2002年10月4日(金)、米国マサチューセッツ州ウスター市で第4回「ワールド・スマイル・デイ」が開催された。「スマイリー・フェイス」の創作・著作者である「ハーベイ・ボール」氏が死去されてから2年目のイベントで、米国内でもますます運動が盛り上がっている。「スマイリー・フェイス」は全世界人類の共通財産であり、歴史上最も有名なマーク(シンボル)となっている。
 
チャールズ・ボール氏
人間スマイリー・フェイス、シティホールを飾る(2002年10月5日Telegram & Gazette紙記事)
10月4日に行われた「第4回ワールド・スマイル・デイ」では、沢山の笑顔でかたどられた人間「スマイリー・フェイス」が人々の目を楽しませた。黄色いポンチョ組が顔、黒いTシャツ組が眼と口になり、シティホール裏の広場に巨大な人間「スマイリー・フェイス」を作ったのだ。ウスター市のハーベイ・ボール氏によって創作された有名なこの幸せのシンボルは、フォトグラファー、テレビカメラマン、更に空撮により撮影された。今年で4回目を迎えるこの式典に際し、500着の黄色のポンチョと200枚の黒いTシャツがこのイベントの参加者全員に配られた。「僕たちは誰かを笑顔にしてあげるんだ」リンカーン・ストリート小学校4年生のダニエル・マクラフリン君(8歳)は言う。他の子供達と同じようにポンチョを着てこれに参加したダニエル君と彼のクラスメイト達はこの巨大「スマイリー・フェイス」を楽しみにしていた。ダニエル君の父、ジェフリー・マクラフリン氏も付き添いとして参加し、子供達の活躍を見守った。
ハーベイ・ボール(1921-2001)
ハーベイ・ボールはウスター市で生まれ育った。彼はサウス・ハイスクール時代に芸術に特に関心を持ち、高校3年生の時ウスターの画家に「どうしたら視覚的なイメージに強烈なインパクトを与えられるか」を教わった。1940年スカラーシップを獲得し、ウスター芸術博物館学校に入学。第2次世界大戦後、ウスターに戻り地方の広告代理店に就職した。1959年、自ら事業を立ち上げる。「スマイリー・フェイス」の依頼を受ける以前から、「ステート生命保険」からのプロジェクトを幾つか受けていた。ボールは2001年4月に亡くなるまで、ウスターでグラフィック・デザイナーとして活躍し続けた。
第4回ワールド・スマイル・デイ イベント案内
●10月3日(木)午後7時
アカペラ・コンサート(合唱)
●10月4日(金)正午
「ウスターの真の顔−スマイリー・フェイス」(集団演技・マーク作成)
「ウスター・シティ・ホール・プラザ」
第4回ワールド・スマイル・デイを祝して、また、「スマイリー・フェイス」の創作・著作者ハーベイ・ボール氏の人生と貢献に感謝を込めて、世界一大きい「人間スマイリー・フェイス」を作り、全世界に向かって発信します!
ワールド・スマイル・デイ 10月4日プログラム
●ウスター市マネージャー、トーマス・  R・フーバー氏による開会の言葉
●「ワールド・スマイル・デイ」委員会   会長、チャールズ・ボール氏挨拶
●「ワールド・スマイル・デイ」2002年   度大使称号の授与式
●セブンヒルズ・チャーター・スクール  合唱団による合唱

「ワールド・スマイル・デイ」実行委員会
会長 Charles Ball(弁護士) : Robert Antonelli : Paula Buonomo
Ellen Ganley : Pat Dziewietin : Tom Cole : J. Russell LeMay
Katie McEvoy : Christine Proffitt : William Wallace

ウスター市の学生によってアカペラコンサートが開催された。
 

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